遠藤京子のマクロビオティックな鍼灸の道

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2015年 04月 22日

大根キムチ=カクテギ(カクトゥギ)を作った。

切って、塩振って、まぜまぜするだけで、白菜キムチよりずっと簡単!

家庭菜園の大根をたくさん頂いたので、大根キムチを作りました。
私の作るカクテギは、アミの塩辛も、砂糖も入れないので、とってもさっぱりしています。市販の濃い味よりも、大根の香りが生きているので、
美味しいよ。簡単に作れるので皆さんもやってみて。
2センチくらいのキューブに切った大根に、塩をまぶしてしばらく置きます。(およそ大根1.5kgに対して塩大さじ2)
水が上がってしんなりしてきたら、ザルにあげて、よく水を切ります。
水がよく切れた大根を大きなボールに入れて、粉トウガラシ・おろしニンニク・おろし生姜・アップルソースアカベシロップ(好み)を入れて
混ぜ合わせたら出来上がりです。
粉トウガラシは、韓国製のものが向いてます。通販で購入して冷凍庫で保存してます。量は、お好み。私は大さじ1しか入れません。でも私には辛いです。
おろしニンニクは大さじ2、生姜は小さじ1です。
問題のアップルソースですが、ほんとは、梨のすり下ろしを使うひとが多いかもですが、無農薬の梨はほとんどないし、りんごも、無農薬で放射能汚染の心配がないものも、手に入らないので、アリサンが輸入しているアメリカの自然食品メーカー「エデン」の大きなびん入りを使いました。
お菓子とかいろんなことに使えるので便利です。一応私がやっている店のサイトにリンクしておきましたね。大瓶なので、開けたら小分けして冷凍しましょう。
アカベシロップは、砂糖の代わりに入れるのですが、今回、大量に作るので、大根を頂いた方にも差し上げようと思ったので、少し甘味を入れたほうがいいかなと思って、使ってみました。
お味はほんとひとそれぞれなので、全部混ざったら味を見て、塩で味を整えるとかやってくださいね。

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▲大根を切って、これから塩を振ります。

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▲美味しそうなカクテギの完成!







by HomeMacro | 2015-04-22 19:52 | マクロビオティックや食べ物のこと
2015年 04月 18日

ウミエラ館でゆんたくを!

舞台背景は、泡瀬干潟。

土曜日の遅い午後、ウミエラ館でまよなかしんやさんが歌った。彼の歌にぴったりの舞台背景は、泡瀬干潟。
すでに潮が満ちて、干潟は「海」になっている。

私は東京の大森海岸といわれた、すでに埋め立てられてなくなってしまった海が、遊び場だったので、海の香りが懐かしい。
大森海岸は、その昔は質の良い海苔の産地で、子どものころ、親戚へのお土産は、たいてい「大森海苔」だったように記憶している。

いま、ウミエラ館では、キャンプキンザーによって、見えなくさせられてしまっている浦添の海の、そこに生息する生き物たちの写真展が開催されている。4月30日までやっているので、ぜひ見に行ってほしい。

浦添の海は今、商業開発と那覇軍港の移転で、消されそうになっている。
浦添市長は、那覇軍港を受け入れると表明するらしい。こちらも公約違反だ。

キャンプキンザーのおかげで、海が遠くなってしまったせいで、浦添市民でもあまりなじみのない海であるとのことだけど、この海の生き物たちの写真を撮り続けてきた有光智彦・綾子さんの写真は、どれも、ほんとうに自然を慈しむ人の目線で撮影されている。

「ウミエラ館」は、泡瀬の海を守る活動を続けておられる屋良朝敏さんが、私財をかけて開設した運動の拠点ともいえるカフェだ。その施設の維持は、なかなか厳しいものがあると聞く。

みなさん、「ウミエラ館でゆんたくを!」してください。コーヒーはとても美味しいです。マックとか、スタバとかを利用しないで、ウミエラ館で集まりましょう。
泡瀬干潟の風景に、心癒されますよ。

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by HomeMacro | 2015-04-18 21:11 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記
2015年 04月 14日

ウミエラ館のこと

どうして、海を埋めてしまうのか!

沖縄市の泡瀬に、この干潟を一望出来る、泡瀬干潟の博物館カフェ「ウミエラ館」というのがあります。
泡瀬干潟を守るために運営されているカフェです。館長は、屋良朝敏さん。
いまここで、海の命の写真家、有光智彦・綾子さんの「浦添イノー写真展」が開催されています。
4月12日日曜日、写真展を見に行ってきました。
浦添の埋め立てられて、商業・流通施設になってしまっているそのすぐ下に、またこんな自然が、こんな生き物が、こんなサンゴが残っているんだと、ちょっと驚くような写真です。
でも、ここもさらに埋め立てて、軍港やら、流通施設やら、人口ビーチなるものを造ろうとしているとのことです。
自然を壊して、人口ビーチ? 人口ビーチは、入れても、入れても、砂が流失してしまうそうです。
そりゃそうだよね。浜辺の砂は、自然の潮の流れのなかで、寄せては返し、寄せては返しと、長い年月をかけて出来上がったものだものね。
人口ビーチなんて、気持ち悪いよ。

そして、ウミエラ館の前に広がる泡瀬干潟。潮の満ち引きと、太陽の昇り、沈みで刻一刻とその風景を変えていくのを、日がな一日眺めていたら、とっても癒されると思います。
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▲ウミエラ館からの泡瀬干潟。あまり天気がいいとはいえないけれど、午後の干潟は潮が引いて、はるか向こうまで陸地となっていた。

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▲この写真は、海草が太陽の光を受けて光合成でつくった酸素の気泡で、この気泡がやがて海面に上っていってはじけて、大気に放出されるのだそうです。
その酸素の恩恵を、私たち地上の生き物はたくさん受けているわけです。だから、海を埋め立てるということは、私たちの生きる空間も、壊していくことにつながっているのです。





by HomeMacro | 2015-04-14 00:13 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記
2015年 04月 12日

4月6日フォークの日と、まよなかしんやさん。

3月4日さんしんの日、4月6日フォークの日、6月9日ロックの日、なんだって。

沖縄の辺野古でも、高江でも、県庁前でも、仲里さんの選挙応援活動の場でも……、闘いの現場のどこででも、ギター抱えて歌うまよなかしんやさん。
沖縄でフォークといえば、彼を抜きには語れません。いつもデモの先頭で、「いやっさっさ、(あーいや)闘うぞぉー!」と、声を上げています。

沖縄に移住した2013年6月23日の「魂魄の塔」で、昔と変わらない姿で歌う彼を見て、何だかとっても心強く思いました。
2000年夏、沖縄サミット反対デモ、嘉手納基地を取り囲む人間の鎖に、東京から参加した時以来だから、13年も経っているのに……。

4月6日フォークの日、浦添の教会ホールを借りてのライブ。しんやさんとその仲間たちによるパフォーマンスは、とっても心温かくなる催しでした。

1960年代後半、ピート・シガーやボブディラン、ピーター・ポール&マリーやブラザーズ・フォー、ベトナム反戦フォークが、日本にも流れてきて、何だかみんなギターを抱えるようになりました。わたしとて、学校の中庭で、当時うたわれていた反戦や体制批判の歌集を配って、歌声集会なるものをやってみたりしましたもん。
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▲まよなかしんやさんのほかにも、何組もの方が出演したフォークの日、今年で、22回目。














by HomeMacro | 2015-04-12 00:19 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記
2015年 04月 05日

翁長県知事の激励行動に参加してきた。

緊急行動にもかかわらず、大勢の人が集まるさすが沖縄!

 翁長県知事と菅官房長官の会見が行なわれるので、みんなで翁長さんを応援しようという声掛けがあって、早朝から県庁前の県民広場へ行った。
 当然会談は、県庁で行われるものと思っていたのだけれども、15分くらいで集会を切り上げて、会場であるホテルへこれからみんなで行って、激励するという。私は、なんで県庁でやらないで、ホテルなんだろうといぶかしく思いつつ、ぞろぞろとホテルへ向かう道を皆と一緒に歩いて行った。途中、「ANN」という文字が電柱にあったので、全日空ホテルなのかと思いながら、一方通行の狭い道をのさらに狭い歩道の坂を登って行った。
 ところが途中でストップ。坂上の方で、警察が行く手を阻んでいる。一緒に歩いていた人びとは、若い警察官に向かって、あんたたちもウチナンチューでしょ。誰を守るの? 県民を守るんだよ! と声をかける。
 ともかくそれ以上先に進めないので、そこでしばらくの間待機してたら、警察に交渉しても埒が明かないので、半分の人は回り道をして、警察の阻止線の反対側に行ってくれとの指示。私は、そこに残ることにした。
 さらにしばらく待機していると、一方通行の坂の下の方から、翁長知事を乗せた車が上がってきた。一斉に、拍手とがんばれコール。知事は車の窓を開けて、左右の人びとに両手でこぶしを上げて、答えていた。
 会談終了後、菅は警察に守られて裏口から逃げるように那覇空港に向かったとの報告があり、警察も引いたのでホテルの前に行く。ホテルから記者会見が終わって知事が出てくるところを待ちかまえて、ふたたび、みんなでがんばろうコール。知事はこぶしを上げて、答えていた。
 いぶかしく思っていた会場であるホテルのことを、かえってから調べたら、とんでもない場所であったことが判明。実にいやな政府だ。沖縄県民をほんとうに愚弄し、アメリカ政府のかわりに、自分たちが植民者として沖縄を支配しているんだという意識が、会場選択にも現れている。
 その会場は、以下のような場所であった。
 この会見で、翁長県知事は、正にこの、キャラウェイ高等弁務官の発言を、引いて、菅の言葉を批判した。

【Wikipedia】より

 ハーバービュー・クラブ(はーばーびゅー・くらぶ、Harborview Club)は、那覇市にあった琉球列島米国民政府の職員などの在沖アメリカ人による会員制社交クラブのことである。

 1952年に開設された。正会員はアメリカ人が中心であったが、琉球政府高官など政官財各界の指導階層も名誉会員にしており、社交の場として盛んに使用された。そのため、別名「沖縄鹿鳴館」とも呼ばれた。

 キャラウェイ高等弁務官の「沖縄の自治は神話にすぎない」発言は、ここでの席上で行われた。

 館内のレストランや売店は免税措置がとられており、1960年当時ウイスキー水割り1杯が15セント(当時の為替レートで54円)であった。

 また高額配当が出るスロットマシンが設置されており、利用者が大金を注ぎ込んだ。

 復帰後は同クラブは廃止になり、1975年に「ハーバービュー」の名を冠する全日空系のホテル「沖縄ハーバービューホテル」として再スタートした。



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▲警察の阻止線。前方に見えるのが、会談が行われている沖縄ハーバービューホテル。

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▲会場のホテルへ向かう翁長知事両手を上げて、沿道の左右の激励に答える。

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▲会場から出てきた翁長知事。またしても、ともにがんばろうの声が上がる。菅は裏口から逃げるようにして、那覇空港へ向かったとのこと。


by HomeMacro | 2015-04-05 22:40 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記
2015年 04月 04日

ふたりまとめて、誕生会。

3月生まれの誕生会を、
読谷村でやったよ。


 3月は忙しかったので、延び延びになっていたお孫ちゃんとそのお母さんの誕生会を、読谷村の入り口にある島野菜料理とカレーの店「でちびか」でやりました。この店は、東京から移住した家族がやっています。
 彼らは、自分の子どもたちに食べさせられるものを、お客様に提供するという、ごく当たり前の基準で、食材を選んでいるので、安心していただくことが出来ます。
 そして、とっても研究熱心なご主人の料理は、開店時に比べて、各段に向上しました。
 カレーを選んでセットにすると、さまざまに工夫された島野菜のサラダやあえものなどが、こまごまとついて、とても楽しいワンプレートになります。カレーは、ハーフ&ハーフもOK。ビーガンカレーもあるし、予約すれば、お祝いのケーキも作っていただけます。もちろんビーガン仕様のケーキも。
 
お誕生日なので、チョコレートケーキにイチゴを飾ってくださいました。
ご馳走を食べて、お腹いっぱいになったところに、美味しそうなケーキが登場したので、お孫ちゃんは、ちょっとショックを受けて、沈んでました。でも、気を取り直して、パクついてましたよ。

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by HomeMacro | 2015-04-04 23:39 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記
2015年 04月 03日

ロックミシンが来た!

前からほしかったもの、買っちゃいました。
 
 仕事が一段落したので、やりたかったことで、溜めておいたものが、たくさん待っています。
 そのひとつが、自分で気に入った服や下着を作ること。もともと、何かを作るのが好きなので、それは、料理、とりわけ加工食品だったり、工作だったりするんだけれども、裁縫や編物も、やろうと思うことがいっぱいあって、時間がないわりには、好きなんだなぁ。
 それと、この手仕事というのが、私にとってはストレスの解消にもなるのだ。それで、普通のミシンと糸巻きが3個付くロックミシンは持っていたのだけれども、4個の糸巻きが付くものなら、直線縫いも同時に出来て、いいらしいというのを知ったので、ほしかったのです。高い買い物だった
 3個のロックミシンは、人にあげてしまって、この最新のマシーンを買ったのさ。ところがこのミシン、あまりにいろいろなことが出来るみたいで、果たして使いこなせるか否かって……。
 モノづくりって楽しいよ。
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by HomeMacro | 2015-04-03 22:00 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記
2015年 04月 02日

水俣の甘夏が来た!

もう、40年以上のおつき合い。

 相変わらず美味しい水俣の甘夏が、今年も送られてきた。もう20代のはじめのころから、食べている。
生産しているのは、熊本県水俣で、チッソが垂れ流した有機水銀による被害者の方々。「毒を食わされたものは、他者に毒を食わすわけにはいかない」と、毒=農薬を使うことをやめた。その一方で、国とチッソに対しても闘い続けてきた方々である。
生産者をまとめて来られたのは、反農薬水俣袋地区生産者連合(反農連)で、現在は「企業組合エコネットみなまたとなっています。担い手も代替わりして、娘さん、息子さんたちによって運営されています。私がおじゃました時は、お二人ともまだ小学生だったのに、すっかり担い手になっているのが、嬉しいです。
 
 今でこそ、社会科や公衆衛生学などの教科書に、3大公害病として挙げられていますが、ここまで来るには、被害者のほんとうに苦しい闘いがありました。チッソと国を訴えるための裁判に必要な、患者さんの聞き取り調査などにも、ボランティアとして参加したこともありますが、いくらお金を積んでもらっても、身体は元には戻らないし、亡くなった人びとは、帰ってこないという思い、どなたにもあります。
それでも、働けるような状態でなければ、補償をしてもらわねば、生きてゆけません。そんな被害者だれにでもあるような、なんとも収まりどころのつかない思いをかかえて、皆さんは、私たちの質問に答えてくださいました。
 
 水俣の甘夏は、酸味と甘味が自然で、とっても美味しいです。生産者のことを記録した映画「水俣の甘夏」も、機会があったら御覧いただければと思います。

 
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by HomeMacro | 2015-04-02 16:48 | ロンドンー東京-沖縄 歳時記